

開山開碁◇正治元年(1199)
寺伝によると、苅萱山西光寺開山は、正治元年(1199)。善光寺如来のお導きによって、高野山より信濃の地に下った苅萱道心(寂照坊等阿)が、善光寺から南10丁ほどにあった小高い丘に草庵を結び、創建されました。なお、苅萱とは、「筑前苅萱の庄、松浦の党の総領で、筑前・筑後・肥前・肥後・大隅・薩摩六ケ国の領主だった」(「説経苅萱」)加藤左衛門尉重氏が出家して名乗った法師名です。
旧『長野市史』(大正14年版)は、重氏について、「(縁起によれば)仁平の頃(約765年前)、筑前の國博多苅萱の庄に住み、一朝無常を観じて京都に上り、法然上人の弟子となり、寂照坊等阿と號し、後高野山に登り」修行したと伝えています。(同『市史』は、「『縁起』には、時代錯誤も多く、土地名・人名とも特定できないが、この時代、『庄園知行主にして、実際縁起にある様なる行動を取りし出家もありしならん』」と補足しています。)